松岡修造が、パラアスリートと真剣に向き合い、その人生を深く掘り下げていく「松岡修造のパラリンピック一直線!」。第5回のゲストは、ボッチャの廣瀬隆喜さんだ。

 対談は、廣瀬さんと松岡さんがボッチャの対戦をしながら、松岡さんが気になったことを廣瀬さんにどんどん聞いていくスタイルとなった。話には母親の喜美江さん、スポーツアナリストとして戦術や動作分析に携わる渋谷暁享さん、それに多方面でアスリートのマネジメントやサポートをしている三浦裕子さんの“チーム廣瀬”も加わって大変にぎやかな様子。そして、松岡さんが大逆転を狙ったスローは失敗に終わり、廣瀬さんの勝利となった。

松岡「残念ですが、負けを認めます……。そうだ、廣瀬さん、1つお願いが。3つ固まっているボールの上に自分のボールを載せる必殺の『よっこいしょスロー』をやって下さい!」

廣瀬「できるかな……やってみます!」

 廣瀬さん、松岡さんの言葉に応じて狙いを定めてスロー。しかし、2回続けて失敗してしまう。ピンポイントで狙ったラインに、絶妙の力加減でボールを転がし、3つ固まったボールの上にボールを載せるのはパラリンピック・メダリストであっても難しいようだ。3回目で見事にボールが“よっこいしょ”と上に載っかり、そのまま停止した。体育館が拍手で沸いた。

廣瀬「できてよかったです(笑)」

松岡「なんだかちょっと安心しました。日本のエースにして、正確に投げること自体が難しい競技なんですね。平面で戦況を見ながら、高さを使った3次元的なボールも投げないといけない。いやいや、ボッチャは本当に奥が深いですね」

渋谷「今、ボッチャの戦術が世界的に進歩していて、リオで廣瀬君たちがこういうトリッキーなプレーをしたんですけど、次の大会ではもうみんながそれを真似してくるんです。だから、こちらとしてはどんどん新しい戦術を考えていかないといけない」

松岡「ではアナリスト・渋谷さんにとって、ボッチャの魅力って何ですか」

渋谷「良い意味で完成されていない競技なので、次々と新しい課題が出てくるところです。すごく知的好奇心を満たしてくれる競技です。

 それに、廣瀬さんとずっと一緒にがんばれているのは、廣瀬さん自身のプレースタイルや、考え方に僕が共鳴しているからです。そうそう松岡さん、僕の中でボッチャというスポーツは、モータースポーツのF1に近いくらい緻密な競技だと思います」

松岡「F1ですか!」

渋谷「ボールにもこれだけ種類があって、車いすが彼らにとっての手足で、それを設計段階から1つずつ積み重ねていく。それこそ前輪の口径一つにしても、クッション一つにしても、研ぎ澄ませていく過程はものすごく緻密で、正直どこまでやっても終わりがない。体の動きや戦術だけではダメで、すべてを複合的に考える必要があるんです」

松岡「じゃあ廣瀬さんは、F1レーサーですね」

廣瀬「ハハハハ」

廣瀬隆喜(ひろせ・たかゆき)

1984年8月31日千葉県生まれ。先天性の脳性麻痺で、四肢体幹機能障害を抱えている。養護学校の中学部でビームライフル、高等部で車いす陸上に打ち込み、その後ボッチャに出会う。始めて4年で日本ボッチャ選手権で初優勝し、これまでBC2クラスで7度王者に輝く。2008年北京(個人、団体ともに予選敗退)、2012年ロンドン(個人2回戦敗退、団体7位)、2016年リオとパラリンピックに3大会連続出場し、リオでの個人戦では準々決勝敗退で7位入賞、団体戦で銀メダルを獲得した。西尾レントオール株式会社所属。

渋谷「本当にそうなんです! それくらい繊細なんですよ。フォームを調整するにしても、動きだけで変えようとするとうまくいかないんです。時には食事が原因だったり、水分量が足りないからだったり、私以外にも理学療法士さんがいて、彼女のケアも本当に大切な要素です。いまのところ、チームでうまく前進できています」

松岡「まさにチームスポーツなんですね。食事や水分量って、どういうことですか?」

廣瀬「実際にチーム戦だと、試合時間が1時間を超えることもよくあるんです。試合中、ずっと集中を切らさずにやるのは難しくなってくる。栄養不足や水分不足というのは、集中を切らしてしまう要因になるんです。だから今、食事についても色々と相談しながら改善していってます」

「もぐもぐタイム」がボッチャにもある!

松岡「普段の食生活から改善している、ということなのですか?」

廣瀬「そうです。実は……サポートに入ってもらう前は、朝も食べたり、食べなかったり(笑)」

松岡「意識が変わったんですね。食事を試合中に取ることもできるんですか」

廣瀬「エンドとエンドの合間の1分間に、コーチに相談できる時間があるんですけど、そこで簡単な補食は可能です」

松岡「カーリングでいう『もぐもぐタイム』がボッチャにもあるんですね」

廣瀬「でも、実際にはそこで選手同士も話し合いをするし、コーチと映像を見ながら戦術を練ったりもする。だから、食べられたとしてもチョコレートくらい。自分たちはドリンクも栓を開けてぱっと飲んで、ということができないので、1分は短いです」

松岡「そうか。そういうハンデもあるんですね。でも、こうしてずっと話を聞かせて頂いているけど、相手の話が理解しづらいとか、そういったハンデはまったく感じられないです」

廣瀬「でも、多少はあるんです。言われたことに対してすぐに理解できることもあれば、できないこともあって。自分で考えてわからないときは相談しに行きます」

松岡「僕もそんなのはしょっちゅうですよ。理解しづらいことって例えばどんなことですか」

廣瀬「戦術とかで、この技術がどう必要なのかとか」

松岡「それは僕だって理解できないです」

渋谷「僕たちも極力、専門用語をなくして話すようにはしてるんですけど、どうしても人間だから忘れちゃう。そこの個人差が強かったりする場合もあるので、みんなで話したことはメモにしたり、文字で共有するようにしています」

松岡「なるほどね。もう1つ、素朴な疑問を聞いて良いですか。なんであんなにタイは強いんですか」

日本最大のライバルはタイ。

 ボッチャはヨーロッパで考案されたスポーツだが、近年はアジア勢の躍進がめざましい。中でも最強と呼ばれるのがタイで、リオパラリンピックでは7種目のほとんどでメダルを獲っており、団体の金メダルも獲得した。ボッチャの日本代表チーム=火ノ玉ジャパン最大のライバルがタイである。

廣瀬「タイは技術もあって、戦術も優れていて、ボールの置き方もすごく上手い。こちらが試合を上手く進めているように思えて、最後でひっくり返されることもよくあります。聞いたのは、タイは元々、ペタンク(フランス発祥の球技でボッチャの原型となったスポーツ)が盛んなお国柄で、街中にそれができる公園があるんです。タイの選手は本当に楽しそうに競技をやってます」

松岡「国王が好きなのかな……。日本は?」

廣瀬「まだ気軽に楽しめる状況ではないですね。練習場所も限られていたり、こういったコートが常設されている体育館は少ないので。タイの選手は何カ月単位で合宿をしているという話も聞いたことがあります」

廣瀬「リオで銀だったので、その上は金しかない」

松岡「その差は大きいですね。でも、日本チームだって合宿はあるでしょ」

廣瀬「日本は今、1カ月とか期間を区切って、各クラスごとにわかれて強化をしています。リオの頃からサポート体制も変わってきて、こまめに合宿をしたりコートを用意してもらったりしてきた。その成果があの団体銀メダルだったのかなと。あとは私のようにチームで支えてもらったり、良きライバルである杉村(英孝)にもパーソナルコーチがついています」

松岡「あのメダルは廣瀬さんにとっても日本チームにとっても夢だったと思います。でも、それが頂点じゃなかったことに関してはどうとらえてますか。銀メダルで十分と思ったのか、それとも悔しいと思ったのか」

廣瀬「実際には複雑ですね。もちろんメダルが取れたのは嬉しいですが、タイには負けてしまったので。嬉しさ半分、悔しさ半分」

松岡「あのメダルでかつてない盛り上がりを感じたと思います。空港での出迎えとか、周りの皆さんの笑顔とか。それについては」

廣瀬「本当に日本が盛り上がっていると実感したのは、帰国してからです。出迎えがすごかったし、メディアの方々もたくさんいて、多くの方に声をかけてもらったのはすごく嬉しかったです」

松岡「おそらくそういう嬉しさが、今の勝ちたいという意欲につながっているんでしょうね。しかも次は東京ですから、廣瀬さんの意気込みも相当大きいはず。そこでどういったことを伝えたいと思ってますか」

廣瀬「もちろんパラは4年に1度の大きな大会ですし、自国だからたくさんの人が応援に来てくれると思う。できれば生で観戦し、ボッチャもそうですけど、パラスポーツの魅力を知ってほしい。皆さんからの応援を、僕たちは結果で返していきたいです」

松岡「個人的な目標は? あまり言いたくなければ言わなくても大丈夫ですけど」

廣瀬「リオで銀だったので、その上は金しかない。金を獲るために今、何をすれば良いか。それだけを考えてます。自分たちのミスをどれだけ0に近づけて、タイのちょっとした隙につけ込めるか。自分たちが先にミスをしちゃうと勝機がなくなってしまうので、少しでも技術を上げて、進化した姿をお見せしたいです」

松岡「お母さんも楽しみですね」

 その呼びかけに、母親の喜美江さんが笑顔で応えた。聞けば、喜美江さんは少しでもボッチャを理解しようと、廣瀬さんがボッチャを始めてすぐ、レフェリーの資格を取ったとか。実際に国内の試合では笛を吹くこともあるそうだ。

松岡「お母さん! それはすごいフォローですね」

喜美江さん「国内資格だけですけどね。せっかくサポートするんだから、ルールくらいは知っておかないとダメだと思って、2年目に資格をとりました。ルールを知ると、何がペナルティかもわかるので」

松岡「じゃあ、2020年の東京は親子で目指しましょうよ。お母さんは国際審判の資格をとって!」

喜美江さん「いやいや、英語が話せないからそこは無理です……」

松岡「まだ時間はありますよ! あ、時間がないのはむしろこっちのインタビューの方だ(苦笑)。あと2つ3つ、最後に質問をさせて下さい。

 廣瀬さんが障害を負ったときのお話は、聞きました。それを乗り越えてきた過程についても話をしていただいた。ボッチャと出会って、一所懸命練習して、今では多くの人に元気や笑顔を与える存在になってます。廣瀬さんにとって、ボッチャとはどんな存在なのですか」

廣瀬「私ももう、今年で16年目。これだけ続けられた競技も他にないですし、ボッチャは今、人生の一部になっていると思います。逆にボッチャと出会っていなければどんな人生になっていたか。現役を終えたとき、きっと考えるでしょうね」

「コミュニケーションを取ることで人生が楽しく」

松岡「ボッチャは、自分をどう変えてくれたんですか」

廣瀬「学生の頃は人見知りで、初対面の方と話すのが本当に苦手で。でも、ボッチャに出会ってそれも改善されました。1人ではやれない競技だし、色んな方にサポートしていただいて、コミュニケーションを取ることで人生が楽しくなっている。人見知りはこれでもだいぶましになったと思います(笑)」

松岡「そんな風に変わっていった息子さんを見て、お母さんもそうだし、家族が一番喜んでいると思いますよ。お父さんもきっと喜んでいるんじゃないですか」

廣瀬「すごく緊張するから、今でも試合はじっくり見られないようですけど、結果はいつも気にしてくれています。陰ながら応援してくれてますね」

松岡「2020年に向けて、みんなで戦ってるんだ。僕も今日、こうしてボッチャを体験して、競技の奥深さを知りました。1球1球の重みを知ったから、見るのが逆に怖くなった。あの腕振りの数秒が、今度から廣瀬さんの試合を観るときには緊張の数秒になりそうです(笑)。自分に打ち克って、タイに勝って、ぜひ東京で金メダルを掲げて下さい。応援してます!」

(構成・小堀隆司)

(「松岡修造のパラリンピック一直線!」松岡修造 = 文)