松岡修造が、パラアスリートと真剣に向き合い、その人生を深く掘り下げていく「松岡修造のパラリンピック一直線!」。第5回のゲストは、ボッチャの廣瀬隆喜さんだ。

 母親の喜美江さん、スポーツアナリストとして戦術や動作分析に携わる渋谷暁享さん、それにアスリートのマネジメント、サポートを行っている三浦裕子さんの“チーム廣瀬”も交えて、対談が和やかに進んでいく。そしていよいよ、松岡さんと廣瀬さんの対戦へ――。

 ルールはシンプルで、目標球のジャックボールに近づけるように、互いに持ち玉を投げて得点を競う、というもの。赤色のボールを使う先攻がまずジャックボールを投げ、続けて1球目をそのジャックボールめがけて投げる。次は後攻の選手が青色のボールを投げたり、転がしたり、相手のボールにぶつけて押したりしながら、目標球に近いポジションをとっていく。団体戦では1エンドで6球ずつを投げ合い、最後に目標球に最も近いボールを投げた方の勝ち。カーリングに似ているが、目標球が動くことが最大の違いだろう。勝敗の鍵を握るのは、緻密な戦略と、その戦略通りに投げられるかどうかの技術だ。

「一番軽いクラスなんですけど、四肢は動きません」

松岡「今気づきましたけど、隆喜さんは左利きですか」

廣瀬「ボールを投げるときはそうです」

松岡「障がいは普段、どんな感覚なんでしょう」

廣瀬「特別どこかが痛いというわけではなくて、緊張したりすると、足がピンと張るくらい。神経は一応、全身に通ってます」

松岡「隆喜さんが一番軽いクラスなんですね」

廣瀬「そうです。でも、一番軽いクラスなんですけど、四肢は動きません。腕の状態も日常生活ではほぼ支障はないんですが、若干握りが弱かったりはします」

松岡「じゃあそれをボールの皮や厚みで補っているということですか」

廣瀬「そうですね。固すぎるとすっぽ抜けちゃうので、僕は少し柔らかい方が投げやすいです」

廣瀬隆喜(ひろせ・たかゆき)

1984年8月31日千葉県生まれ。先天性の脳性麻痺で、四肢体幹機能障害を抱えている。養護学校の中学部でビームライフル、高等部で車いす陸上に打ち込み、その後ボッチャに出会う。始めて4年で日本ボッチャ選手権で初優勝し、これまでBC2クラスで7度王者に輝く。2008年北京(個人、団体ともに予選敗退)、2012年ロンドン(個人2回戦敗退、団体7位)、2016年リオとパラリンピックに3大会連続出場し、リオでの個人戦では準々決勝敗退で7位入賞、団体戦で銀メダルを獲得した。西尾レントオール株式会社所属。

トップ選手同士の争いだと最後はミリ単位の勝負に。

松岡「今使っている車いすにも何かルールはあるんですか」

廣瀬「一応、この四角いスローイングボックスに入る大きさなら大丈夫なはずです」

松岡「細かいところばかり注目しますけど、リストバンドをされてますね」

廣瀬「まあ、ワンポイントというか、手が汗ばむこともあるので、少しでもグリップに引っかからないように」

松岡「リストバンドに数字の『1』が入ってます」

廣瀬「やっぱり1位を獲りたいから。今日は黒色ですけど、いつもは赤。赤がラッキーカラーで、ケータイも名刺入れも、車いすのグリップもすべて赤です(笑)」

松岡「改めて見ると、ボッチャのコートはけっこう広いですね。テニスの半面くらいありますか?」

廣瀬「縦が12.5mです。実際はスローイングラインが2.5mあるので、一番奥まで投げると10m。最初に先攻の選手がジャックボールを投げるんですけど、手前が得意なのか、ミドルなのか、ロングなのか、戦術によってジャックボールの置く位置を変えます」

松岡「戦術?」

廣瀬「まあ駆け引きですね。選手によってパワー系だったり、テクニックに秀でた、寄せるのが上手い選手もいるので、相手の長所をなるべく消せるような位置にジャックを置くことが重要です」

松岡「単純に考えたら、ジャックは遠い方が絶対に難しいですよ。奥のライン(エンドライン)ぎりぎりだと、当てるのすら難しそうです」

廣瀬「まあ、そうですね。だからそれを日頃から練習して、できるだけズレが生じないように。トップ選手同士の争いだと最後はミリ単位の勝負になることが多いので」

 ミリ単位の勝負と聞いて、より真剣な表情になる松岡さん。「一度投げてみて良いですか」。そう言うと、まずジャックボールをコートの真ん中やや手前付近に投じた。

松岡「僕が先攻の赤ボールだから、また僕が投げるんですね。近い方が必ずしも良いわけではなくて、最終的に一番近くに寄せればいいんだから……」

廣瀬「ジャックの位置を考えるといいですよ。たとえば松岡さん側にジャックがあれば、私からは逆に遠かったりするので」

松岡「なるほど。じゃあ投げますね」

 松岡さん、第1投。赤いボールはジャックボールのかなり近くに。

廣瀬「(ジャックボールに確実に寄せた松岡さんの投球を見て)上手いですね。最初は交互に投げるので、次は青の私の番です」

廣瀬独特の投法に松岡も興味津々。

 廣瀬さんは、基本的にアンダースロー。遠心力を使うかのように、ボールを持った左手を前後にブラブラさせながらタイミングを図り、ボールを投げていく。第1投は、きれいな放物線を描いて、ボスン、と床に落ちた。しかしジャックボールには寄せきれず、松岡さんが投げた赤いボールの方がジャックに近い。2球目以降は、ジャックからより遠いボールの選手から順に投げていく。先攻、後攻の順番が、ここで崩れることになる。

廣瀬「私の方が遠いから、もう一度投げます」

松岡「ちょっと待って。今の投げ方、すごく良いですね。あえて浮かせたことでボールがバウンドしませんでした」

廣瀬「確かにボウリングみたいに転がすとランが伸びちゃって大きく外れることがあります。こうして山なりに上げて落とすと止まりやすかったりする。すぐにはできないかもしれませんけど」

松岡「いやあ、今の投げ方を練習したいな。試合中はもちろん、練習できませんよね。わかりました。投げて下さい。見て覚えます」

 廣瀬さんの第2投。1投目とは異なり、スルスルと転がした青ボールはジャックボールに軽くコツンと当たり、そのまま動かない。ナイスボール!

廣瀬「私のボールの方が近くなったので、次は松岡さんです」

松岡「近くなったっていうか、ジャックボールに接してますよ! それにしても、廣瀬さんの独特の腕振り、本当に正確なリズムですね。投げ方は、誰に教わったんですか」

廣瀬「最初に教わったときからずっとこれです。上投げとかもあるんですが、自分で投げやすかったのが今のフォームなんです。ひとつだけ松岡さんにアドバイスします。中指がボールの真ん中に来るようにして握って、中指を最後まで目標に向けていく。そうするとだいたい真っ直ぐにいきます。あとは距離感なので、当然慣れも必要ですが」

松岡「次は僕ですね。でも、こんな風にジャックと相手ボールがくっついている場合はどうすれば良いんですか」

 途方に暮れる松岡さんに助け船をだしたのは、戦術担当のアナリスト・渋谷さんだ。

渋谷「この場合は、ジャックに接しているボールに当てて弾くか、ジャックの後ろ側を狙うか。廣瀬君がよくやるんですけど、真っ直ぐ上から落として狙うのもありです」

松岡「そんなの無理ですよ! 無理に決まってます。転がすならまだしも、上から狙うって。本当にそんなことをやってるんですか」

廣瀬「わりと試合では。リオの時がまさにこんな状況でした」

渋谷「ボールが重なっているときは、そのボールの上を転がしたりね。雪だるまみたいに上に重ねる戦術もあります。距離が近ければ近いほど勝ちなので。こういうことも考えながらやってます」

松岡「(唖然とした様子で)戦術ってそんなに奥が深いんですか」

渋谷「奥が深いですし、その戦術をどうやって使いこなしていくかも重要です。私の専門は体の動きなので、彼のフォームや投げ方も研究しています。この車いすにも工夫があって、理学療法士でもあるもうひとりのチームスタッフと一緒に設計しました」

松岡「ということは、この車いすはボッチャ専用と言うことですか」

渋谷「世界でも彼だけのオリジナルです」

松岡「えっ、オリジナル! どの辺りが?」

定説を覆した廣瀬のトレーニング。

渋谷「電動車いすは折りたためるのが普通なんですけど、彼の車いすはフレーム自体がウィルチェアーラグビーとか車いすバスケと同じくらい強固な作りになってます。対人競技ではありませんが、ボールを投げたときに車いすも揺れますよね。その揺れを彼の投球の動きやパワーにうまく還元できるような工夫をしているんですね。

 先ほどの話にあったように、投げること自体が難しい障がいを持っているので、少しでも自分の力を効率的にボールに伝えさせたい。そのために車いすの揺れさえも利用してしまおう、ということで」

松岡「すごく失礼なことを申し上げているかもしれませんが、あえて感じたままをお話ししますね。隆喜さんの投球を見ていて、僕はチンパンジーとかゴリラの腕振りを想像したんです。効率的に遠心力の力を利用していて、これは動物の本能的な動きに近くて、人間の動きよりも勝っているなって。もちろん、良い意味でですよ」

渋谷「人間的か動物的かと言われると、ちょっと判別できないですけど、ボッチャの選手は特に、それぞれが彼らにしかできない投げ方をしています。普通はこうやって下半身の力も使って全身で投げるんですけど、ボッチャの選手は腕の力がメインなので」

松岡「その中で隆喜さんの特徴は?」

渋谷「彼は他の選手に比べてパワーがあって、それが大きな武器といえます。過去の写真と見比べてもらえば一目瞭然なんですが、ここ1年くらいでさらに肉体改造が進みました。

 今までは脳性麻痺の方ってあまり筋肉が増えないというのが定説だったのが、ボッチャ向けのトレーニングを始めたらどんどん変わっていった。たとえば単純に腕立て伏せをするのではなくて、動かせる部位をさらに広げるリハビリテーション動作に近いもの。チューブを引っ張ったり、投球動作の分析に力を入れて、動きの幅も広がっています」

松岡「隆喜さんはどうですか。体が変わってきているという実感はありますか」

廣瀬「トレーニングを始めてから、確かに動きやすくなったという感覚はあります。どこにどう力を入れれば良いかというのも、映像分析の方や色んな方のサポートを受けて、以前よりは感覚としてわかってきたかなと」

松岡「お母さんも嬉しいんじゃないですか。何となく始めたボッチャが、体を変えていってます」

母・喜美江さん「車いすに乗っている姿勢も以前とは全然違います。力を入れるとどうしても筋緊張で足が突っ張る感じがあったんですけど、今はボールを投げた直後でも自然にそれが抜けて、真っ直ぐ座っているように見えるんですよね」

 その人にとっての合理的なフォーム。そのフォームをより効果的に固めていくためのトレーニング。ボッチャという競技は、「ただボールを投げる」だけの競技と見られがちだが、その奥深さが、どんどん見えてくる。対戦しながらのトークが、続いていく。

(以下次号/構成・小堀隆司)

(「松岡修造のパラリンピック一直線!」松岡修造 = 文)