高校野球の発展に貢献した人に贈られる「育成功労賞」に、県内から池田高校辻校の前田智生副部長(59)が選ばれた。20年以上にわたって部長や副部長として監督を支え、生徒らの人格形成に力を注いだ。

 野球経験は中学時代まで。脇町高校ではサッカー部に入った。その後教師になり、1995年に池田に着任。サッカー部の監督として生徒を指導していたが、96年、野球部監督だった岡田康志さん(58)に請われて野球部長に就いた。全国に名をはせた「やまびこ打線」の基礎を築いた高橋由彦さんの後任の部長。翌年長女が生まれたが、寝顔を見るだけの生活が続いた。選手と監督の両方で甲子園に出た岡田監督の「甲子園に出ると学校が変わる」という言葉に引かれた。

 高校野球経験のない自分に何が出来るか。「監督と正反対のことをすればいい」と高野連の先輩にアドバイスされ、監督に怒られた選手のサポートに回った。大型自動車の免許を取ってバスのハンドルを握り、蔦文也元監督の自宅裏にあった「蔦寮」にも度々泊まり込んだ。

 2002年に穴吹に転任。4年前に同校に移っていた岡田さんと再びコンビを組んだ。吉野川河川敷のグラウンドは台風シーズンになると度々水につかった。その度、ボールや投球マシンを学校まで運んだ。05年には相次ぐ浸水で、半年間グラウンドが使えず、狭い校庭での練習を強いられたが、翌春の県大会ではベスト4に進出した。

 穴吹では14年間部長を務め、そのうち8年間、岡田監督を支えた。「広い視野で生徒を冷静に見る目を教えてもらった」と岡田さんは振り返る。

 前田さんが一貫して部員に伝えたのは、「野球部員の前に高校の生徒。野球がやりたいなら生活もきちんとしよう」という言葉。単位が取れず留年しそうな部員がいれば、付きっきりでサポートした。「部員のひたむきな姿勢が、指導者もひたむきにする。部活動を通じて学校がさらに良くなっていく」と感じた。

 20年の経験で導いた結論がある。「高校野球の経験がなくても、技術的な話はできなくても、部長として教員として、人間を育てるための話はできる」。育成功労賞の受賞について、「野球部だけではなく、すべての部活動の部長の先生たちの励みになればうれしい」と語った。(高橋豪)