その姿は、圧倒的だった。

 5月24日、千葉県幕張でアイスショー「ファンタジー・オン・アイス」が開幕した。

 平昌五輪金メダルのアリーナ・ザギトワ、同大会銀メダルのエフゲニア・メドベデワ、日本からは紀平梨花と宮原知子ら、国内外の錚々たる出演者がそろったショーにあって、その中心にいたのは、羽生結弦だった。

 オープニング、他のスケーターたちに続き、エフゲニー・プルシェンコとほぼ同じタイミングでリンクに進み出ると、4回転トウループを跳んだ。

 そのシルエットがリンクにかすかに見えたときから起こっていた歓声は、ひと際大きくなった。

 オープニングのあと、出演スケーターたちがそれぞれに演技を披露する。

 前半と後半それぞれで滑り、スケーティングや振り付けなどで惹きつけたジョニー・ウィアー、スピンやジャンプなど切れのある滑りを見せたステファン・ランビエールらが喝采を浴びる。

 さらには競技生活から退いたハビエル・フェルナンデスが、フラメンコの世界で著名なスペイン国立バレエ団芸術監督アントニオ・ナハーロとコラボレーションし、スケートとフラメンコを融合させたナンバーで、場内を沸かせる。

情感のこもった『マスカレイド』。

 そんな熱の醒めないショーのトリを飾ったのは、羽生だった。

 赤と黒の衣装をまとい、この日、ゲストボーカルとして参加した「X JAPAN」のToshlの歌唱とともに、『マスカレイド』を披露する。

 トリプルアクセル、ハイドロブレーディング、イナバウアー……。羽生ならではの持ち味を入れつつ、手袋を仮面に見立ててのしぐさを交えた振り付けをはじめ、情感のこもった世界を展開すると、場内はスタンディングオベーションで称えた。

4回転ルッツ挑戦で起きたどよめき。

 場内にどよめきをも含んだ歓声を起こした瞬間は、それらだけにとどまらなかった。

 フィナーレで、4回転ルッツに挑戦したのだ。1度目のチャレンジで1回転になると、「もう一度」というように人差し指を立てたように見えた。2度目は転倒したものの、果敢な姿勢に対して、再び喝采が起こった。

 ファンタジー・オン・アイスは、羽生にとって重要な場となってきた。

 日本のファンの前で滑る貴重な機会である。それは毎年、フィナーレのときに見せる感謝の表情からうかがえる。

 そして折々の「報告」をするための舞台でもある。

 一昨年は、オリンピックイヤーに臨むショートプログラムの発表とお披露目の場となったし、昨年は、怪我からの順調な回復を示す時間だった。

世界選手権から2カ月、確かな回復。

 今年もやはり、重要な時となった。

 昨シーズン、羽生はグランプリシリーズのロシア大会で負傷。その後、大会欠場を余儀なくされながらも、懸命のリカバリーで今年3月に世界選手権に出場。銀メダルを獲得した。

 ショートで出遅れながら渾身のフリーを見せた大会を終えて語ったのは、まだ怪我が癒えていないこと、治療が必要であることだった。そんな中での試合だった。

 あれから約2カ月。

 4回転トウループやトリプルアクセル、さらに4回転ルッツに挑んだことが、確かな回復基調を示していた。ジャンプのみではない。言葉はなくても、滑りそのものが、現在を雄弁に物語っていた。

「ありがとうございました!」

 羽生の演技が終わり、フィナーレを迎えた。出場した錚々たるスケーターたちが姿を見せる。手をつなぎ、四方へと挨拶する。

 やがて列をなしてリンクを一周し、観客に手を振り、思い思いに笑顔を向ける。

 最後、スケーターたちが1人また1人と退場するのを見送った羽生が、場内と向き合うと、叫んだ。

「ありがとうございました!」

 場内すべてに聞こえるようにと、あらん限りの声で放ったこの日唯一の言葉には、5月にしては異例の暑さの中、開場前から列を作った観客の人々への精一杯の感謝があった。

 同時に、初日の公演に対する充実感もまた、そこにあった。

 そしてこの日の羽生が見せたのは、次のシーズンへの、明るい兆しだった。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)