トップアスリートの挑戦はいつだって、未開のエリアへの侵入やリスクとの格闘、そして攻略の軌跡を描くことになるものだ。

 東京五輪に向かう強化選手選考会を兼ねたスケートボード日本選手権が、5月10日から12日まで新潟・村上市スケートパークで開催され、スノーボード男子ハーフパイプの冬季五輪2大会連続銀メダリストである平野が、男子パークで初優勝を飾った。

 21人が出場した準決勝を首位で通過すると、8人で競った決勝では65.70点の最高得点で優勝。この成績で、日本ローラースポーツ連盟が決める強化選手に選出され、“二刀流”実現の第一関門と言えるオリンピック代表選考レースのレールに乗った。

「自分の納得する演技はできなかったですが、結果的には優勝することができて良かったです。東京五輪に向けてのチャレンジを、この大会でさらに一歩進めることができた実感はあります」

 競技中に見せていた真剣な表情を緩めた平野は、静かな口調の中に安堵感をにじませながら、覚悟を強めていた。五感を極限まで研ぎ澄ませてパークに挑む日がまた続いていく。強い意志をはらむ視線のその向こうには、硬いコンクリートの怪物が待っている。

「2つの競技はまったく別もの」

 昨年11月に東京五輪挑戦を表明し、スケートボードの練習に打ち込む毎日を送るようになった後は、ケガとの戦いが続いた。

 1月に右手甲を骨折。満足な練習を積めないままに3月の日本オープンに出場して3位に滑り込み、日本選手権の出場権を獲得したが、5月上旬に今度は左手首を捻挫した。今大会には、左手にテーピングを巻いて臨んでいた。

 平野は、冬季五輪2大会銀メダルやXゲームズ優勝など、スノーボードの頂点を極める熟練者である。スケートボードに挑戦する難しさについては質問があるたびに「2つの競技はまったく別もの。体の動き方がまったく違う」と言い、丁寧に説明する。

「足が固定されていて、体を投げて使うのがスノーボードの世界。スケートボードは板が足に固定されていないから、どれだけ自分で板を足にくっつけているか。そうでないと、着地も決まりません。足首や、足の持ち上げ方が重要になってきます。(転倒時に)体から落ちるスノーボードと、コンクリートに対して足から衝撃を吸収しなければならないスケートボードはやり方が別です。

 乗っているものは似ているような雰囲気かもしれないけれど、実際にやってみると、こっちがうまいからこっちもうまいなんていうことは現実的にないと思います」

最後まで滑っていた公式練習。

 今大会に臨むまでの準備期間については、「ケガのリスクをすごく気にしながら、足りないものを強化してきました」と語った。

 危険を最小限に抑えるため、細心の注意を払ってきたのは、今大会で上位に入って強化指定選手に選ばれない限り、東京五輪への道が実質閉ざされることになるからだ。

 準決勝を首位で通過したときでもまだ表情を緩めず、「左手もグラブ(板をつかむ)するのが精一杯ですし、細かいケガが日に日に積み重なる、そういった練習が多かったのでこれ以上ケガがないように、あした(の決勝)を迎えたい」と話していた。

 慎重に慎重を重ねてのトレーニングではあったが、その中でも意識して取り組んできたのは、持ち前のエアーの高さに磨きをかけることや、コースの縁(リップ)で車輪の軸(トラック)を滑らせる(グラインド)技の精度を上げること。それを、「少しずつ、慎重に、できるだけ長い時間をかけて練習していました」(平野)

 その言葉通りの様子が大会中にも見られた。公式練習があった10日、準決勝が行われた11日、決勝があった12日と、すべてのトレーニングセッションで、一番最後まで滑っていたのが平野だった。

テーマに掲げる「挑戦」。

 滑る前の準備も入念だ。テーピングを確認し、膝当てをつけ、スマホの画面に何度も指を滑らせてから、ゆっくりとイヤホンを耳に装着する。スノーボードで五輪に出ているときは、恐怖心を少しでも和らげるために大音量で音楽を聴いていると言っていたが、おそらくそれはスケートボードでも一緒なのだろう。

 そうでもしなければ踏み出せない。それほど高難度なトライなのである。

 だから平野は競技に向かう自身のスタンスについてこんなふうにも言う。

「スケートボードをやっている以上は、ひとつの挑戦という気持ちです。挑戦なので、そこには失敗がある。そのうえで、挑戦が良い形で実ればと思っている。それを自分の中での大きなテーマにしています」

最高点は1本目、高難度のトリックも。

 こうして始まった上位8人による決勝戦。40秒の演技を3本行なってベストスコアを争う競技方式で、平野が最高点を出したのは1本目だった。

 スノーボードの操作と同様に板に体重を乗せる技術はピカイチ。そこから生まれるスピード感あふれる滑りと高さのあるジャンプで、足で板を1回転させて手でつかむ「キックフリップインディー」やジャンプして背中側から回転する「バックサイド540」(横1回転半)を決めて首位に立つと、昨夏のアジア大会で金メダルを獲得した同学年の笹岡建介や世界選手権代表の13歳・永原悠路の追い上げを許さず、最後までトップを守った。

 成功しなかったが、2本目と3本目では1本目より難度の高いトリックにも挑み、「左手はアドレナリンが出ていたので痛みを感じなかった」と笑顔を浮かべた。

高さとスピードは「まだ足りない」。

 強化指定選手になったことで、いよいよ本格的に東京五輪に向かう代表権獲得レースをスタートさせた平野だが、世界トップとの距離はまだまだある。

 日本ローラースポーツ連盟の西川隆ヘッドコーチは平野について「まとまってきているなと思うのと、流し系のトリックが思った以上に滑っていて非常に良くなっていた。優勝だな、と感じた」と短期間での急成長を評価しつつも、スケートボードの種目の中で日本の男子パーク勢のレベルは世界との差が大きいことを認める。

「今は準決勝に上がれるかなというところ。それを決勝に上がれるところまで上げていかないといけない。現段階では(東京五輪で)目指すのは入賞、良ければメダルというレベルだと思う。足りないのは高さとスピード。平野でもまだ足りない」

 ただ、平野の場合は本格的な練習スタートが昨年11月からということで、圧倒的に練習量が少ない。だからこそ伸びしろがある。

 ローラースポーツ連盟の別のコーチングスタッフは、「彼の場合は構成のバリエーションとオリジナリティーを加えていく必要がある。エアー以外のことを彼もやりたいと思っているはず。それはいろいろなコースで練習していくことで身につくし、1年あれば間に合う」と語る。

今後は海外の大会に出場、課題も明確。

 強化指定選手たちは今後、6月に米カリフォルニア州ロングビーチで行なわれる「デュー・ツアー」などの大会に出場し、五輪出場のために必要なポイントを稼いでいくことになる。平野は、「海外の選手を目の前にできるだけでも収穫がある。会場で見るのと動画で見るのとでは、得られるものが違う」と期待感を高めている。

 20歳という年齢は今大会の出場選手32人の中で最も上だった。しかし、「スノーボードと違って、まだスケートボードの大会自体に慣れていないので」と語る平野には、まだ表に出ていないポテンシャルがあるはずだ。

「細かな高さや跳びばかりではだめというのがスケートボードのポイントの基準。それに、僕は滑っている期間が他の選手に比べて少ない。海外の選手たちと比べると、パークの中ではまだまだ経験が足りないので、いろいろなパークを滑り慣れていかないといけない」と課題が何であるかを自身も分かっている。

平野が険しい道を選んだ理由。

 それにしても、東京五輪出場を目指す二刀流のチャレンジは華々しいだけのものではない。

 今大会中、平野がある「不安」について吐露する場面があった。それは、スノーボードの世界でつかんできたものを、手放してしまうかもしれないという恐れだ。

「僕にとってのスケートボードは、競技のチャレンジだけではなく、精神的な部分でもチャレンジです。スノーボードで得ているものを失うかもしれない中でスケートボードをやっているのは、すごくリスクがあることだと思います」

 しかし、失うものがあるかもしれないことを承知で、平野はこの道を選んだ。なぜだろうか。その答えはシンプルだ。

「今現在、両立している人がいないという、あえて難しい道で自分は戦っているという気持ちがある。正しい答えが待っているわけでもないと思うし、どっちも中途半端になる危険性もある。

 でも、何かを失ってでも得ようとする気持ちによって、精神的強さも生まれるし、結果よりももっと先の自分のためにつながることだってあります。自分にしか得られないものを、この横乗りを通じて、これからの子たちに伝わることが生まれれば良いと思います」

 誰も足を踏み入れたことのない険しいバックカントリーに、たった1人で挑むようなものかもしれない。インスペクション(下見)は不可能。ナビゲーションも当然ない。頼れるのは自分の五感と、おのれを信じる気持ち。

 日本人5人目の夏冬五輪出場という到達点よりも大切にしているものが平野にはある。

(「オリンピックPRESS」矢内由美子 = 文)