5月2日、マンハッタンのチェルシーピアにあるスカイリンクで、アイスシアターオブニューヨーク(ITNY)の春の公演が開催。その会場で、元全米女王のグレイシー・ゴールドが「2019年ウィル・シアーズ・アワード」を授与された。

 ウィル・シアーズは20歳で急死したアメリカ出身の元ペア選手で、彼の名を冠したこの賞は特別な情熱や勇気を示したスケーターに与えられてきたもの。今年は摂食障害から回復して競技復帰を目指しているゴールドに与えられた。

「とても光栄に思っています。自分の体験を告白したときは、他の人たちのインスピレーションになろうなんて思ってもいませんでした。ただ私はしばらく地球の隅っこからこぼれ落ちて姿を消していて、突然(リハビリ後コーチをはじめた)アリゾナに浮上した。その経緯を説明したいと思ってSNSに書き始めたんです」

 授賞式前に、筆者の取材に応じたゴールド。3年ぶりに会った彼女は、以前よりもふっくらしていたものの、表情が明るく落ち着いていた。特に摂食障害についてなど、どこまで踏み込んで良いものか迷っていた筆者に、驚くほど積極的に、そして率直に自分の気持ちを語ってくれた。

「プレッシャーは自分が与えたものだった」

「プレッシャーの80%は、自分自身が与えたものでした」とゴールド。彼女は2012年世界ジュニア選手権で銀メダルを手にし、近年のアメリカ女子でもっとも才能ある若手と注目された。

 2014年ソチオリンピックで4位と表彰台に迫り、翌シーズンのNHK杯で優勝。全米タイトルも2度取ったが、世界選手権では2015年、2016年と2年連続4位に終わる。特に2016年ボストン世界選手権で、SPで1位に立つもフリーで失敗して表彰台を逃したことで、鬱状態に陥ったという。

「天は私に才能と身体能力、真面目に練習する精神力、スケートをやっていける経済力のある家庭環境と理解ある両親など、すべての条件を与えてくれました。同じ条件をもらった他の人だったら、これをもっと有効に使えたと思う。これを生かすことのできなかった自分は、天の与えてくれた期待を裏切ったのだ、と自責の念にかられたのです」

 今思い返すと、次のシーズンは休みを取るべきだった、とゴールド。だが翌シーズンに向けてがむしゃらに練習を続け、5位に終わった2016年スケートアメリカで「フィギュアスケートは細身の身体が要求されるスポーツ。今の私にはそれがないんです」と口にした。居合わせた記者たちはゴールドの言葉に驚き「あなたはとてもきれいよ」と口々に慰めた。

 実際当時のゴールドはまだまだ現役のスケーターの体型だったが、その言葉は彼女の心には届かなかったらしい。

摂食障害の治療で1シーズン休養。

 その3カ月後、2017年全米選手権で6位に終わった直後にコーチのフランク・キャロルがマスコミの前でコーチ辞任を宣言。カリフォルニアを引き上げてシカゴに戻ったゴールドは、鬱と引きこもり、摂食障害に陥ったのだという。

 翌シーズンはGPシリーズ、全米選手権とも欠場し、「自分の鬱と摂食障害の治療に専念する」と宣言した。もちろん平昌オリンピックを目指すなど論外だった。

「もともと自分は性格的に完ぺき主義者のところがありました。この性格が、これまで多くの成功ももたらしてくれた。でも歯車が狂い始めたとき、それまで当たり前だったことすらできなくなった自分が許せなかった。自分が恥ずかしく、他の人たちと一緒にいるのが苦痛でした」

「ロステレコム杯は自爆に行ったようなもの」

 2018年の春にリハビリを終えたゴールドは、少しずつ氷の上に戻り始めた。それを自分のSNSで告白したとき、サポートのメッセージの多さに驚いたのだという。

 2018年11月には復帰戦としてロステレコム杯に挑戦したものの、SPで最下位になった後フリーは棄権した。だが思い返せば、もともと無謀な試みだったという。

「実はあの大会は、是非出なさいと強く勧めてくれる関係者がいて出場しました。でも私のコーチチームは、とても現実的ではないと思っていた。実際のところ、自爆しに行ったようなものでした」と苦笑する。

「あの後コーチたちと話し合い、これからはまず身体を戻すこと、そして体力と技術を戻すこと。そして試合に戻るのは、本当に自分たちが準備ができたと思うまで待つことを決めたんです」

 2年間のブランクを埋めるため、まずオフアイスの基礎体力作りから始めていった。

「自分のアイデンティティはアスリートでした。でも鏡を見たら、そこにいるのはアスリートではなかった。そのことがつらかった。そしてアスリートというのは基本の部分で、そこからさらにフィギュアスケーターとしての体型を取り戻さなくてはなりません。私たちは現在、そこに向けて努力をしているのです」

「現役に戻るのは今しかない」

 現在はフィラデルフィア郊外に在住し、フランス出身のヴァンサン・レステンクールをコーチとしてトレーニングをする傍ら、彼女自身も、子供や大人相手にスケートの指導をしている。

「私は自分でこれで最後にする、と宣言することができませんでした。あるときまでハイレベルの競技スケーターで、気がついたら全てが消滅してゼロになっていた。コーチをするようになってから多くの人が、『現役に戻ればいいのに』と言ってくれた。コーチをすること、学校に戻ることはいつでもできる。でも選手に戻るチャンスは今しか残されていないと思って決意したんです」

 現在は2回転ジャンプを跳べるようになった。ここから先に行くために、基礎体力の回復と並行してトレーニングをしていかなくてはならない。

「普通の人だったら少しずつ着実に戻していくでしょう。でも私は性格的に、全部やるかゼロか、というタイプなんです。白黒のどちらかでないといやで、グレーゾーンにはいることが苦手なんです」

「目標は、試合に出場すること」

 小さな地方大会から始めていく予定なのか。

「そうせざるを得ないですね。今の私はもうシードはないので。ただ私の中では、アイスショー、小さな地方大会、オリンピックなど関係なく、どれも同じくらい緊張してしまうんです」と苦笑する。

 ゴールドを単独取材したことはこれまで何度もあったが、語彙の豊富さ、表現の豊かさは以前の彼女に比べてまるで別人のようである。彼女がこの体験を通して、苦しみながらも成長してきたために違いない。

 現在の女子のレベルを見ると、ゴールドが世界のトップに返り咲くことは現実的にいって厳しいかもしれない。だが彼女の中では、順位が問題なのではない。病気を乗り越え、自分がいたい場所に戻るということそのものが、勝利なのである。

「試合に戻りたい。それが目標なんです」

 現在23歳のゴールドが、リンクの中央に立つ日を心待ちにしている。

(「フィギュアスケート、氷上の華」田村明子 = 文)