「あと20分待ってくれる?」

 筆者のスマートフォンの画面に、英語でそうメッセージが入ってきた。10時から電話インタビューの約束をしていたハビエル・フェルナンデスからだった。

 ラテン気質のためなのか、約束の時間よりも15分くらい遅れるのは毎回のことだった。でも忙しくても、疲れていても、面倒くさそうなそぶりは決して見せずにいつも取材に応じてくれる、ありがたいフェルナンデスである。

 今回とりわけ申し訳ない気分だったのは、他の媒体の依頼で彼に電話取材をしてからまだ1カ月もたっていないためだった。

 しかも今度のテーマは、平昌オリンピックの羽生結弦選手との戦いについて。

 2度世界タイトルを手にし、平昌オリンピックで銅メダルを獲得したフェルナンデスはスペインのスポーツ史に名前を残す偉業を遂げた。

 しかし、日本のメディアは「羽生結弦のトレーニングメイト、ライバル」としての切り口で、彼の口から少しでも羽生の知られざる側面を聞きだそうとする。他の選手の感想ばかり聞かれていたら、いい加減嫌になってしまうだろうな、という引け目はどうしても感じてしまう。

「今、大丈夫だよ」

 そういうメッセージが入ってきたので、こちらから国際電話をかけた。

日本でのアイスショー公演の合間の電話取材。

「Hi,how are you?」

 いつもの、ちょっと舌ったらずのチャーミングな英語が聞こえてきた。

「今はまだ日本?」

「金沢だよ。明日が最後の公演なんだ」

「スターズ・オン・アイス」に出演するために、埼玉開催の世界選手権の日程の直前に日本に行くということは、前回のインタビューで聞いていた。だが世界選手権の会場には行けるかどうかわからない、と言っていたフェルナンデス。結局、日本では顔を合わせる機会もないまま、筆者はニューヨークの自宅に戻ってきた。

 だがフェルナンデスはそれからずっと、日本に滞在し続けていたのだという。

「これまで何度も聞いたことだけれど、平昌でのユヅルとの戦いのことを改めてお聞きしたいの。同じような質問の繰り返しになって申し訳ない」

「うん、大丈夫だよ」

 こういう大らかな優しさは、おそらく愛情豊かな家庭に恵まれたフェルナンデスの育ちの良さなのだろうと思う。

 平昌オリンピックでの話をたっぷりと聞かせてもらい、その詳細はNumber本誌に掲載のとおりだ。

練習量が少ないことを告白したフェルナンデス。

 ことさら興味深かったのは、本人の口から、羽生に比べると自分の練習時間が短かかったとはっきり聞いたことだった。

 実はフェルナンデスは競技選手としては、練習量が少ないというのはスケート関係者の間ではよく知られた話だった。

「ジャンプを一通り跳んでみて、問題なければプログラム全体をさらって終える」という。もともと調子が良いジャンプを追い込んで練習しすぎて、逆に調子を崩すという選手もいるので、そのあたりの調整は自分に一番合った方法を見つけたのだろう。

 でも調子が悪いときは悪いときでイライラすると、「気分転換が必要になる」。だから調子が良くても悪くても、練習の時間はあまり長くないのだという。4回転は不調になっても、しばらくほうっておくと戻ってくる、と語っていたこともあった。

 この短時間集中のスタイルで世界タイトルを2度、欧州選手権タイトルを7度と、五輪銅メダルを獲得したのだから、よほど天性があったのだろうと思う。

世界選手権を見て感じたこと。

 最後に、「ところで埼玉の世界選手権はどう思った?」と聞いた。

 フェルナンデスは、ちょっとだけ間をおいてこう答えた。

「ユヅルが怪我を抱えていたことは、知っていました。SPでは1つだけミスをしたことが、ポイントに大きく響いてしまった。でも彼の性格は知っているから、フリーではきっとすごい演技を見せて追い上げてくるだろうと思っていました。彼は追い詰められたときに、本領を発揮するから」

 2019年世界選手権のSPで、羽生は冒頭で予定していた4回転サルコウが2回転になってしまい、94.87で3位発進という予想外の位置についた。そしてフリーではフェルナンデスも予想したように、鬼気迫る迫真の演技を見せた。だが、逆転はならずにネイサン・チェンに次いで銀メダルに終わった。

「フリーであれだけの演技でも逆転優勝できなかったことは、とても悔しかっただろうと思う。彼は日本のファンの前で勝つためにあの大会に来たのだから。でもネイサンはSPもフリーも、彼がやるべきことをやりました」

 フェルナンデスは、世界選手権が終わった後の関係者のパーティーに招かれて出席したときに、羽生本人と話をしたのだという。

「ぼくはユヅルに、こう言ったんです。きみは自分がやるべきことはやった。立派だったと思うし、自分の演技に誇りを持って満足して良いよ、と」

 やはり長年同じ氷の上で、羽生の努力を見てきた彼だから言える言葉だった。

(「Number Ex」田村明子 = 文)