■香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。4回目は、パラリンピックの団体競技で日本が唯一、金メダルに輝いたことのあるゴールボールです。女子日本代表の天摩由貴主将(28)と安室早姫(さき)選手(26)と鈴の入った球を投げ合い、目隠しで視界がさえぎられた状況下での勝負に挑みました。(榊原一生)

 重さ1・25キロのボールが転がってくる。時速約40キロ。香取さんは、天摩さんが約10メートル離れた場所からアンダースローで投じた球の勢いに驚いた。

 《硬くて重いボールがあの速さで! 受け止める方は痛い。激しい競技だね。》

 競技は、視覚に障害のある選手が幅9メートルのゴールに向け、鈴の入った球を交互に投げて得点を競う。12分ハーフ。チームの3人全員が視力で差がつかないようアイシェード(目隠し)をつける。

 香取さんもアイシェードをつけて、まず守備に挑戦した。攻撃で大事なのはパワーだが、守備で頼りになるのは音だ。全神経を音に集中しようと耳をそばだてたところで疑問がわいた。

 《どうやって音を聞き分けて、体はどう反応させればいいの?》

 天摩さんが答えた。

 《体と顔を正面に向けます。自分に対して音が来る方向が右か左か。それで軌道を見極め、体を投げ出します。》

 右方向に飛んできた緩めのボールに向かって、香取さんはセービングし、胸でボールを受け止めた。アイシェードをつけているので、目を開けても何も見えないが、香取さんは目をつぶっていたという。

 《目を開けたら「想像」の景色に集中力を邪魔されそうで……。》

 これに対し、天摩さんは想像の大切さを強調した。コートのラインテープの下にはひもが通っている。選手は手や足の感触で自分の位置を知り、守備隊形を素早く整え、時に速攻をしかける。

 《頭の中にはコート図があって、足音などで相手3人の動きを想像し、鈴の音の鳴り方、強弱でボールの行方をイメージします。》

■視力以外の感覚

 暗闇の中での動きに慣れてきたところで、天摩さんとエキストラスローの3本勝負に挑んだ。結果は0―1だったが、香取さんには新たな発見があった。

 《見えていないはずのに見えた、という感覚が楽しい。選手は視力以外の他の感覚が研ぎ澄まされて、見えない中に広がる世界があるんだろう。》

 パラリンピックには目の見えない選手が活躍できる競技がいろいろある。水泳や陸上、柔道、自転車だ。そのなかでなぜ、ゴールボールを選んだのか。陸上短距離から転向した天摩さんが競技の魅力を語った。

 《この競技は、1人が強い球を投げられたとしても勝てない。3人で守って点を取るからおもしろい。》

 2008年に友人に誘われて競技を始めた安室さんは、日本女子代表が頂点に立った12年ロンドン・パラリンピックで友人が金メダルを掲げる姿を見て、競技に打ち込むようになったという。

 《初めて私もパラリンピックに出たいと思った。支えてもらっている人たちへの恩返しが、東京大会に出ることなんです。》

■おもしろさ、伝えたい

 自国開催だからこそ、日本代表には観客から大きな声援が送られるだろう。でも、香取さんはふと思った。

 《試合中は静かにしないと、音が聞こえないよね。》

 天摩さんがうなずいた。ゴールボールでは、観客が拍手や声援を送れるのは、審判の笛が鳴って試合が止まった後だ。

 《得点が入ったときには、とりわけ大きな声援で選手たちを盛り上げてほしい。》

 開幕まで500日を切った。香取さんは言う。

 《せっかく日本で開催されるのだから、競技も、観戦の仕方も知らないといけないんだね。観戦の仕方にも、五輪とは違ったおもしろさがあることを伝えていきたい。》

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■天摩由貴(てんま・ゆき)

 1990年生まれ、青森県出身。先天性の網膜色素変性症で視覚に障害がある。高校で陸上を始め、12年ロンドン大会に出場。その後、日大大学院で学びながら筑波大付属視覚特別支援学校の数学の非常勤講師を務め、14年にゴールボールに転向した。

■安室早姫(あむろ・さき)

 1993年生まれ、沖縄県出身。1歳の時に病気で視力を失い、高校でゴールボールを始めた。明大を卒業後、鍼灸(しんきゅう)の資格を取るため筑波大附属視覚特別支援学校の鍼灸手技療法科へ。リオ大会は代表入りを逃したが、東京で初出場を狙う。