得難い経験をしたシーズンだった。

 フィギュアスケーター宇野昌磨にとっての2018-2019シーズンは「信頼」と「責任感」、その2つの言葉と向き合い、ときに戦った1年でもあった。

 平昌五輪で銀メダルを獲得し、迎えた新たなシーズン。宇野が意識したのは、「自分を信じること」だった。

 昨シーズン、ここというときに、ジャンプで安全策を選択した自分がいた。それは自分を信じることができなかったからだと捉えた。まずは自分を信じてみようと思った。

 だが、それは容易ではなかった。

「自分を信じるというテーマを掲げながらなかなかそれが成し遂げられない、自分を信じることが難しいなと悩んでいました」

 それでも大会を重ねる中で、手がかりをつかんだ。それは試合前の負傷をおして出場した昨年末の全日本選手権だった。

「アクシデントの中でも、だからこそ信じることができました」

 怪我によって雑念が取り払われたことが幸いしたと捉えた。同時に、信じたときの心境をつかむことができたと思った。

「その経験を後半の試合にいかせたらな、と思います」

五輪メダリストという責任。

 自分への信頼とともに宇野が向き合ってきたのは、責任感だった。五輪メダリストという肩書きは、否応なく、以前と立場を異にする状況を生んだ。

 アイスショーもそうだった。例えば「THE ICE」に出演したときだ。例年なら座長の立場にいる浅田真央が不在の中、宇野が自然にその立ち位置に押し出されることになった。

 自分のせいで公演が失敗したらどうしよう。開幕を前に、強烈な重圧を覚えるとともに、責任を負う立場の重みを実感した。

「結果を求めて挑みたい」。

 いつしか、周囲が寄せる期待にも視線は向かった。

「皆さんの期待に応えられるよう、精一杯、努力したいと思っています」

 11月のNHK杯へ向けた記者会見での言葉である。

 すると、心持ちにも徐々に変化が訪れた。小さな頃から「練習での成果を試合で発揮することが大事」とコーチから教わってきた宇野は、それを指針として歩んできた。成績よりも求めるべきものだった。

「自分がベストを尽くしたら、それ相応の結果がついてくると思うんです。自分のやれることをやって、出た結果は自分の実力だと思っています。だから結果を求めて試合はしないです」

 根幹にはそんな考えがあった。

 でも自分を支えてくれる人々や応援してくれる人に応えるために大事なのは成績にほかならない。周囲への責任感がそこにあった。

 自分を信頼すること、結果を出すこと--。そのための舞台として迎えたのが世界選手権だった。

「この試合は結果を求めて挑みたいなと思っています」

表彰台を逃した世界選手権。

 はっきりと意志を示して臨んだ大会、だが現実は優しくはなかった。ショートプログラムでミスがあって6位、挽回を期したフリーでもジャンプの失敗があり、最終的に4位と表彰台に上がることもできなかった。

「自分は本当に弱いんだなと気づかされました。自分がトップで争える実力はないと言い聞かせて、いちから成長して帰ってこなければいけないと思います」

 試合の翌日の言葉と表情もまた、悲痛なトーンを帯びた。

「エキシビションの練習でリンクにのると、悔しさからくるいらだちがすごくあったと思いました」

「自分が思っているよりも弱い」

「(フリーの)最初の2本のジャンプ(のミス)は明らかに気持ちからくるもの。日本開催だからなのか、自分を気負わせたのか、あるいは全部なのか分からないですが、間違いなく2つのジャンプは気持ちからくるもの」

 ひと晩では容易に整理のつかない中、行き着いたのは「自分は弱い」という思いだった。

「僕っていう選手が、自分が思っているよりも弱いと今回の試合で痛感しました。こういうふつうの状況で、いつも通りを出すことに関してはとても弱いと感じました。練習が10だとしたら6割、7割くらいしか出せなかった」

世界選手権で再確認できたもの。

 ただし、打ちのめされているばかりではなかった。整理がつかない中でも答えを見出そうとした。

「もともと自分が弱いというなら、試合で6割、7割しかできないのであれば、それでいい演技につなげられるようにしないといけない。6割、7割で今できることといえばアクセルと(4回転)トウループ、トウループもちょこちょこ失敗しますけど、(4回転)サルコウとフリップもアクセル、トウループの位置まで安定させることができれば、6割、7割でもいい演技になるんじゃないかと昨日、考えました」

 何よりも強く思ったことがあった。

「自分への強さを求めることを1年間やってきて、最後まで自信をつけるところには至らなかった。僕は練習があって本番があるので、練習をもっと上げていかないといけない。みんなと同じではいけない。みんなよりできないんだからみんな以上に練習でできるようにならなければいけないと思いました」

 練習の基準を上げる必要を感じつつ、そこにあったのは、ある意味、練習の成果を出すというこれまで培ってきた姿勢の再確認でもあった。

挫折を乗り越えてきた宇野。

 思えば、これまでも挫折を財産とし、成長してきた。3年前の世界選手権もその1つ。思うような演技ができずに終えて涙した大会のあと、休息をとらずに練習に励み、翌シーズンには世界選手権で銀メダルを獲得するに至った。

 それを思い起こさせるように宇野は語る。

「(4月11日開幕の)国別対抗戦から来シーズンだと思っています」

 弱さを自覚したとき、人は強くなれる。

 自身の立ち位置を捉え直した宇野昌磨は、成長を期し、立ち止まることなく歩こうとしている。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)