フィギュアスケートは、アートスポーツの面を持つ。結果にかかわらず魅せられることがあり、成績によらず、強い印象を観る者に残すことがある。

 先月行われた世界選手権の男子で2位だった、羽生結弦のフリーの演技もしかり。

 そして坂本花織の、完璧な滑りで2位になったショートプログラムもさることながら、フリー『ピアノ・レッスン』もまた、容易に消えない余韻を残すものだった。ジャンプの失敗があったことから最終的に5位に終わったものの、それにとどまらない強い印象を与えた。その演技は、シーズンを通した坂本の進化も示していた。

 このプログラムを初めて披露したのは昨年7月6日、「ドリーム・オン・アイス」でのこと。滑り終えたあと、坂本は新たなプログラムへの抱負を語った。

「曲が去年(『アメリ』)に比べて大人っぽくなったし、もう18歳なので心も体も表現も大人っぽくできたらいいなと思います。最初は柔らかい感じですが、最後、すごく力強い演技になってくるので、そこがみどころだと思います」

氷を降りても練習は続く。

 これまでのプログラムのテイストと比べて、チャレンジングな曲でもあった。

 その事実は、シーズンが始まってからの言葉にも表れていた。グランプリシリーズ2戦目となったフィンランド大会を終えて、こうつぶやいた。

「ストーリー性を表すのが難しいんですよね」

 内容をどう形として示すか。その難しさは、振り付けそのものにあった。

「(ルールが変わり)『ジャンプのあとのトランジションが大事』と言われました。やったことのない振り付けをして大変でした」

 着氷後にそのままステップを入れるなど、つなぎは昨シーズンよりも高度になり、全体に動きは難解さを増した。練習では、ジャンプやスピンではない場面で転ぶこともあった。それでも時間をかけて習得していった。

「(昨シーズンの表現面の練習は)氷の上だけだったけど、オフアイスでも時間をかけてやってきました。ジャンプとかスピンの技術を1回忘れて、振り付けの部分だけ。手の振りとか」

「怖い人」だった振付師との出会い。

 昨年12月に初優勝した全日本選手権、そして今回の世界選手権では、シーズン序盤の葛藤が嘘のような演技を見せた。

 スピード感あふれるスケーティングでフェンス寸前まで氷上を自在に滑り、ダイナミックさと静寂な世界を表現し、壮大にプログラムの世界を示したのである。それを支えたのが、細かなところまで神経を張り巡らせた動作であった。

 坂本の演技を振付けたのは、『アメリ』に続き、ブノワ・リショーである。

「怖い人だと思いました」

 それが出会った当初の、リショーに対する印象だ。「恐れを抱くこともあった」と坂本を指導する中野園子コーチも言う。強烈な情熱に、ついていけなかったのだと当時を振り返る。

笑顔で話したリショーへの印象。

 だが、その情熱がいつしか坂本を変えた。「世界一にさせたいんだ」と昨シーズンから坂本に語り続けてきたリショーは、決して妥協しない人だった。

 シーズンが始まっても、ブラッシュアップを欠かさない。指先、目線、表情について何度も怒られた。世界選手権を前にした期間には、プログラムをパートごとに分けて、細かなところまで手直しを図った。坂本いわく、気づいたら「8時間に及んだ」日もあった。

 そんな時間を過ごしてきて、はじめは怖い人だったリショーへの印象も変化してきた。

「ブノワ先生は圧がすごいというか、なんていうのかな、たしかにどう対応したらいいのか、最初はあまり分からなかったけど、だんだん分かるようになってきました。駄目なことは駄目ってすごい厳しく言ってくださるし、でもよかったときもしっかり言ってくれるんです」

 と、笑顔で語る。

 曲の構成をはじめ、何を伝えたいかについての確固としたイメージを作り上げ、その上で何段階もジャンプアップする必要がある高いレベルを求めたプログラムは、振付師の重要性を物語るものであった。

 そして全てが、それに応えた坂本あればこそ、であるのは言うまでもない。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)