今年、「安政遠足(とおあし)」を題材にした映画「サムライマラソン」が公開され、日本のマラソン発祥の地として群馬県安中市が改めてクローズアップされている。とはいえ、今や仮装した人たちが走るマラソン大会のイメージが強い。もとの安政遠足とは何だったのだろう。その名もずばりの「安政遠足保存会」と市に教えてもらった。

 幕末に米国のペリー艦隊が来航してから2年後の安政2(1855)年。開国をのんだ江戸幕府は、大いに揺れていた。そんな中、安中藩主の板倉勝明は心身鍛錬の目的で、50歳以下の藩士計約100人に遠足(徒競走)を命じた。藩士たちは安中城門から碓氷峠の熊野権現(現・熊野神社)までの中山道30キロ弱を走ったとされる。

 その13年後に時代は明治に。安政遠足は長く忘れ去られた。