■香取慎吾とゆくパラロード

 車いす同士のぶつかり合いが売りの車いすラグビー。その激しさから「マーダーボール(殺人球技)」と呼ばれるパラスポーツに、朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんが挑戦しました。試合では「世界一のタックラー」と称される日本代表選手のタックルを味わい、それでもトライを決めました。香取さんが体で感じた競技の魅力は、なんだったのでしょうか。

 まるで重戦車のような車いすが迫る。「ドンッ」。鈍い衝突音がコートに響いた。香取さんはコートに出るなり、タックルの洗礼をあびた。車いすの車輪が浮き、身をすくめる。「うわっ」と思わず声も出た。

 ウオッー、すごい衝撃。選手のみなさんは手足に障害があるんでしょ。やめた方がいいんじゃないですか。これ、危ないですよ。

 苦笑いする香取さんに池崎大輔さん(40)がすかさず答えた。

 それでも、僕たちはここでラグビーをやる理由があるんです。きょうは香取さんにそれを知ってほしい。

 香取さんはまず池崎さんから車いすの説明と操作を学んだ。ラグビー用の車いすだから、略して「ラグ車(しゃ)」。重さは15~20キロ程度で、一般の車いすと異なり、接触を前提としているため頑丈だ。車輪がハの字に開いていて操作性が高く、タックルで壊れないようスポークカバーがついている。車いすは攻撃用、守備用の2種類あり、守備用は相手の動きを止められるよう、攻撃用にはないバンパーが付いている。ボールは楕円(だえん)形ではなく丸い。前方にパスもできる。

 陸上など他競技の車いすに何度も乗ったことのある香取さんは、巧みなチェアさばきで守備選手をかわし、敵陣に切り込んでトライ。慣れてくると、相手にタックルも決めた。

■ここが輝ける場所

 スカッとする。ラグ車で体は守られているんだ。今は怖さは全くない。タックルは楽しく気持ち良かった。これが魅力なのか。

 池崎さんがにっこり笑った。

 車いすラグビーだけが許されたタックル。競技を通じて「手足に障害があっても、こんな激しい競技をしている」「僕らは強いんだ」と思える。ここは僕らが輝ける場所なんです。

 コートには男子選手に交じって女子選手もいた。日本代表で唯一の女子選手の倉橋香衣さん(28)だ。トランポリンの選手だったが、大学時代に競技中に大けがをして鎖骨から下の感覚を失い、車いすラグビーと出会った。

 香取さんは倉橋さんに競技を始めた理由を聞いた。

 リハビリ中に誘われて競技を見に行ったんです。そこでタックルを目の当たりにした。あのラグ車に乗りたい、と思ったんです。

■人生は2度楽しい

 車いすラグビーは、選手の障害の軽重に合わせて持ち点が与えられ、障害の重い選手も試合に出られるように工夫がされている。倉橋さんは障害が最も重いが、大柄な欧米の男子選手たちに臆せず、体当たりして動きを食い止めている。

 池崎さん、倉橋さんが日本代表としてそろって出場した今年夏の世界選手権は、初の金メダルに輝いた。東京大会に向けて周囲の期待も高まる。

 競技の将来を考えると、20年の結果は大きいよね。

 香取さんの言葉に、倉橋さんが反応した。

 目標は金。自分と同じ障害レベルの男子と同じレベルにならないと女子であることのアドバンテージは生かせない。がんばりたい。

 池崎さんがうなずく。

 自分たちアスリートは結果を出してなんぼ。テレビなどに出て多くの人に知ってもらえれば競技人口が増えることにもつながる。

 香取さんは、まだパラスポーツに出会えていない子どもたちのことを頭に浮かべた。

 僕を通してパラスポーツを知って欲しいという思いがあったけど、今は競技をする人も増えてほしいな。

 香取さんにとって、パラスポーツは特別なものではなくなっていた。

 パラを知る前は体が、その一部が動かなくなることは人生の絶望と思っていた。でも今は違う。(自分にもし何かがあったときに)どのパラスポーツをしようかと考えているんです。

 倉橋さんが言った。

 世界が広がったんだ。

 池崎さんも続けた。

 人生、2度楽しいんですよ。車いすラグビーも候補の一つですか? こんな言い方はしてはいけないけど、待ってますよ。(榊原一生)

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■プロフィール

 池崎大輔(いけざき・だいすけ) 北海道函館市出身。6歳で手足の筋力が徐々に低下する難病を発症。2008年、車いすバスケットボールから車いすラグビーに転向し、10年から日本代表。16年リオデジャネイロ・パラリンピックの銅メダルに貢献した。三菱商事所属。

 倉橋香衣(くらはし・かえ) 神戸市出身。大学3年の2011年、トランポリン大会の練習中に技を失敗し首の骨を骨折。15年に競技を本格的に始めた。昨年、日本代表強化指定に女子選手として初選出。今年8月の世界選手権に出場し、日本の初優勝に貢献した。商船三井所属。