壁を3Dスキャンすることで、WEB上での課題閲覧を可能にした「OnlineObservation(オンライン・オブザベーション)」。OnlineObservationとのコラボレーションでお届けする本連載では、膨大なアーカイブの中から厳選…


 壁を3Dスキャンすることで、WEB上での課題閲覧を可能にした「OnlineObservation(オンライン・オブザベーション)」。OnlineObservationとのコラボレーションでお届けする本連載では、膨大なアーカイブの中から厳選した魅力的な課題を紹介していく。このサービスを体感していただくことはもちろん、この課題に携わった方々の思いなども感じてもらいたい。

7月にオープンしたOnlineObservationスタジオ。

 今回は「OnlineObservationスタジオ」に初設置された課題をピックアップ。今年7月にオープンしたこのスタジオは、クライミングW杯などで使用されるVR中継やドローンでの撮影など、OnlineObservationが様々なシステム開発を行う拠点となっており、幅6.7m、高さ4.1mのクライミングウォールが常設されている。まずはオブザベーションから。課題はカチで作られたコーディネーション系だ。あなたは十分にオブザベすることができるか?

Vol.6「OnlineObservationスタジオ Wataaah! 2級」

セッター:OnlineObservation
グレード:2級
使用ホールド:Wataaah!

<3Dスキャン>

専用スタジオで撮影することで、クライマーそのものを3D化して壁・課題と同化させることも容易となる。実用性は高くないかもしれないが、ひとつのネタ的要素として楽しんでほしい。

 
 まず目に飛び込んでくるのが、ホールド間に貼られたテープだろう。「クライミングを届ける新しい表現方法を模索し、試行錯誤してみました」というOnlineObservation開発者の筒井氏は、ダイノコンぺ(ダイナミックなムーブ「ランジ」にフォーカスした特殊なコンペティション)などで見られるような、ホールドをテープで囲い、ラインで繋げた貼り方「ラインテープ」を施している。筒井氏は「外岩にも存在するような、ぱっと見たときに受ける印象で、課題の魅力は大きく変わってくるものだと思っています。W杯でもテープの色や貼り方に流行りやルートセッターのこだわりが見られるので、そういった視点から観戦してみるのも面白いのでは」と続ける。

 課題は「カチでコーディネーションムーブなんてやれるのかな?」という発想から作られた。使用されているホールドは「とにかく悪い」と定評のある「Wataaah!(ワター)」。独特な形状や、ツルツル加工のデュアルテクスチャーがクライマーたちを苦しめる。「Wataaah!」は、ベンジャミン・ハートマンとその弟ヨナスによって2012年に設立されたドイツのクライミングホールドとトレーニングギアのブランドだ。ハートマンは日本代表のボルダリングコーチも務めており、また緒方良行や小武芽生へのスポンサーも行うなど日本とも縁が深い。今回は筒井氏協力のもと、ハートマン氏からコメントを頂戴した。

課題に使用されている「Jeisa」。不思議なシェイプがクライマーを悩ませる。

 「私たちはルートセッティングが大好きで、ホールドのディテールに多くの注意を払っています。なぜなら、細かい部分へのこだわりが大きな違いを生むことがあると考えているからです」。こう話すハートマンは、ヨナスとドイツの自動車産業で働いていた経験があり、そこで培われた正確なエンジニアリングと設計がホールド制作にも活かされているという。今回課題に使用されている「Jeisa」と「Jessica」については、「外岩から着想を得ています。ドイツやオーストリアの周辺にはBürs(ビュルス)やAllgäu(アルゴイ)などのクライミングエリアがありますが、それらの岩は互いに付着した小石と小石で構成されています。取り付ける角度に応じて、さまざまな使い方ができますよ」と紹介してくれた。

 「Wataaah!」の日本輸入販売代理店になっているのが、「モノリス ボルダリングジム」(埼玉県・川越市)などの運営も手掛ける株式会社Carpediem(カルペディエム)。様々なブランドの輸入販売から納品までを担当している北村啓祐さんも「ドイツを代表するホールドメーカーで、シェイプ、耐久性ともに最高クラスです。W杯では「Wataaah!」だけで統一された課題も登場していますし、その独特なシェイプのホールドが使われた課題を見ると『うわー…』という、何とも言えない緊張感が生まれるんですよね」とそのクオリティに太鼓判を押す。

 輸入販売代理店は、ヨーロッパなどで開かれる大きな展示会に出向き、日本のマーケットに合ったカラーやシェイプのホールドを探し、新たな仕入れ交渉を行う。「国内のマーケット動向を掴むために、展示会や納品先のジムではよく会話をするようにしたり、Online Shopの動向を追って社内共有することを心掛けています」と北村さん。比較的広くないジムが多い日本では、大きすぎず、小さすぎもしないホールドの注文が近年増えており、色は明るいものが好まれるという。その点、イメージカラーが黄色で、大きいサイズのラインナップも増えてきた「Wataaah!」は人気なんだとか。クライミングを勉強中だという方は、課題に使用されているホールドのブランドにも注目してみてると、より深く楽しむことができるはずだ。

 一方、綺麗な市松模様と、その模様を活かしてなだらかなカーブが描かれた傾斜の壁も注目ポイントのひとつ。施工を担当したのは、「奥弥工務店」の奥谷和也さんだ。北海道出身の奥谷さんは高校の山岳部でクライミングに出会うと、ジムの運営を学ぶために上京。「BOULDERS(東京都・足立区)」の店長などを務め、コンペテイターやセッターとしても活躍。3年前から本格的に壁立て業に勤しんでいる。



 奥谷さんは「日本に今までにない新しい壁だと思います。市松模様自体珍しいのですが、左側の90度から、右に行くにつれて徐々に100度まで、このサイズの壁で捻じりが付いています。撮影やイベント向けの壁というのも斬新ですね」と自身が施工した壁を振り返る。

 印象に残っているのはやはり市松模様の施工だそうで、「市松模様は筒井さんからの提案だったのですが、施工は初めての経験でした。やはりこの表面の仕上げが困難でしたね。1800cm×900cmの板を真っ二つに割り正方形にして、市松模様に並べていく。少しでもズレてしまうと最終的には大きなズレとなってしまうので、なるべく隙間ができないようにとかなり神経を使いました。施工期間は8日間ほどでしたが、この市松模様を完成させるのに半分以上の時間がかかっています。苦労した分、とても良いものが出来上がりました」と感想を話してくれた。

 様々な人の協力もあって立ち上がったOnlineObservationスタジオ。プライベートジム・専用スタジオならではの常に綺麗なコンディションのホールド・課題を用いた、ホールドやシューズ、トレーニングアプリのコンテンツ撮影など、既に国内外の様々な分野から利用され始めているという。OnlineObseravtionの次なる一手に期待が膨らむばかりだ。


<ムーブ動画>

OnlineObservation(オンライン・オブザベーション)

3D化された課題の写真や動画をPC・スマホで自由に“オブザベ”でき、かつ今までになかったライブラリとして誰でも共有、自由に投稿も可能な新時代のサービス。クライマーが閲覧することはもちろん、ルートセッターの課題ライブラリとして、クライミングジムのPR効果を狙ったメディアとしても活用されている。

CREDITS

取材・構成・文

編集部・OnlineObservation