来秋のラグビーワールドカップ(W杯)の釜石開催に向けて19日、釜石鵜住居復興スタジアムが開業した。記念試合では釜石シーウェイブス(SW)が格上チーム相手に善戦し、ダンスや合唱で盛り上げた中学生や復興に向けた宣言を読み上げた高校生は「未来につなぐ大きなきっかけを作れた」と口々に語った。

 オープニングセレモニーでは歌手の平原綾香さんが釜石東中の生徒117人と「いつかこの海をこえて」を歌った。

 スタンドから見つめた古舘のどかさん(23)は震災時の同中3年生。1学年下の生徒が、この歌の作詞に参加した。聞き終えて涙がこぼれ落ちた。津波で破壊された同中校舎の跡地に、今回の復興スタジアムが建設された。「この場所で3年間学んだ。後輩が関わった歌をみんなに歌ってもらって幸せに思えました」

 平原さんは「『海』を入れたのは生徒さんから話があったと聞いている。深い思いのこもった歌詞だと感じる。きょう一緒に歌えて良かった」と話した。

 記念試合のハーフタイムにはEXILEのメンバー5人と岩手・福島の中学生236人が「Rising Sun(ライジング サン)」のダンス・パフォーマンスをした。釜石東中3年の遠野凜成(りんせい)君(14)が「復興の途中ですが、来年のW杯にはもっと成長した姿を見せます。僕らが先頭に立ってがんばります」とあいさつした。

 4月にダンス指導をしたUSA(ウサ)さんは「完璧に踊れていてビックリした」と驚いていた。

 海外メディアも多く訪れた。フランスから来たマチュー・ロシューさん(36)は来日4度目。釜石は初めてだ。「フクシマは多く報道されているが、震災後の復興のプロセスを報じたい」と話した。(大西英正)

■大切な場所に思いの詰まったスタジアム 釜石高2年・洞口留伊さん 「世界に感謝伝えたい」宣言

 「私はラグビーが好き。試合後、ファン同士が敵味方関係なく握手をし、一緒になってゴミ拾いをしている姿に感銘を受けたから」

 ヤマハ発動機と釜石シーウェイブスの記念試合前、「スタジアムキックオフ!宣言」をした釜石高2年の洞口留伊(るい)さん(16)は、約6500人の観客に呼びかけた。

 3年前、地元のロータリークラブからW杯イングランド大会の見学に派遣された。圧倒されたのは試合の迫力だけではなく、市民のホスピタリティー(心くばり)や街の雰囲気などすべてにわたることを話した。

 洞口さん自身は震災時、スタジアムの地にあった鵜住居小3年生、授業中だった。隣接する釜石東中のお兄さんやお姉さんに手を引かれたりして近くの高台から、さらに地区体育館に避難。水や食料を分け合いながら数日間をすごした。

 「ここは私たちの小学校があった場所、入学するはずの中学校があった場所。離ればなれの友達と会える大切な場所」と強調。「そんな思いの詰まったスタジアム」ができたことに感謝し、支援してくれた世界の人々にその思いを伝えたい――と満席のスタンドに向けて宣言した。スタンドを覆う大屋根は未来と世界に向けた「船出」と「はばたき」を象徴する。

 洞口さん一家はこの春、ようやく仮設住宅を出て鵜住居町の新居に移った。留伊さんは来秋のW杯では、得意の英悟を生かして外国人客を案内するボランティアをやりたいという。

■SW、ヤマハに善戦 レジェンド・マッチも熱く

 記念試合に望んだ釜石SWは、トップリーグ(TL)のヤマハ発動機ジュビロ相手に善戦した。

 釜石名物の大漁旗を背景にスタンドから「カーマイシッ! カーマイシッ!」の大合唱。つぶされてもモールで押してゴールラインに迫った。終盤には粘りのトライを2度決め、24―29と格上チームに急迫した。

 桜庭吉彦監督は「将来につなげる試合ができた」。「復興に役立ちたい」と語っていた選手たちも、TLに挑む来季に向けて、反省点を確認しながらも自信を深めていた。

 記念試合の前には、釜石SWの前身である新日鉄釜石と神戸製鋼の60代も含めたOB選手同士による「レジェンド・マッチ」も開かれ、オールドファンたちの拍手喝采を浴びた。

 1985年度まで日本選手権7連覇を果たした新日鉄の中心選手、松尾雄治さん(64)らのチームと、そのV8を阻止して次のV7を達成した神戸製鋼の立役者、林敏之さん(58)らのチームが激突。林さんは「神戸と釜石は同じ港町、同じ鉄の街、そして同じく震災を経験するなど、つながりを感じる」と臨んだ。

 現役選手のような速さはないものの、往年のスター選手や伝説の選手が10~20分で次々と交代し、息を切らしながらも見事な球さばきを見せた。(本田雅和)